建設業界のデジタル変革 〜AIと人間の協働の可能性とは?〜

2024/02/09
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AIが建設業界にもたらす変革とは

DataRobotで建設業のお客様を担当しているAIサクセスディレクターの笹口です。

建設業界は、令和の時代に複雑な課題とデジタル技術の進化に直面しています。特に、AIの活用が新たな可能性をもたらす一方で、多くの課題も浮上しています。本記事では、建設業界におけるAIの未来とその課題、そして、それらにどのように対応すべきかに焦点を当てて説明します。

建設業界は今後どのような事業環境に直面し、何を武器として持つべきか?

建設業界の発展は社会課題とそれを解決する技術進化の連続

建設業界の発展は、日本の歴史的背景と深く結びついています。江戸時代には、都市の発展や大名の城下町形成を背景に、伝統的な建築技術や木材を主体とした建築が主流になり、明治時代になると、西洋の技術導入や近代化の流れの中で、鉄骨やレンガを使用した建築が増えました。

その後、昭和期には、戦後の復興や高度経済成長を背景に、コンクリートや鋼材の使用が増え、企業の組織的なプロジェクト管理が始まりました。そして、平成の時代になると、都市の再開発や災害対策、担い手不足といった新たな課題が浮上し、これに対応するため、BIM(Building Information Modeling)やIT技術、ロボティクスの導入が進められました。

特に、BIMは、建築情報の一元管理を可能にし、効率的な設計・施工を実現しています。加えて、データ取得の方法が大きく進化しています。過去には写真や手書きのメモを主に使用していましたが、現在ではドローンや3Dスキャナー、タブレットやウェアラブルデバイスなど、多様なデバイスを用いて現場の情報をリアルタイムで取得・共有することが可能となっています。これにより、より正確かつ効率的なデータ収集が可能となりました。さらに、建設OSや建設デジタルプラットフォームの導入により、業務プロセスの最適化やコミュニケーションの効率化が進められています。これらのデジタル技術と多様なデバイスの活用は、建設業界が直面するその時代毎の課題に対応し、持続的な成長を達成するための不可欠な要素となっています。

令和では様々な課題が複雑に絡み合い、その対処には、人間 x デジタル/AI技術活用の武器入手が急務

そして、現在の令和の時代は、多様な課題が複雑に絡み合い、その解決のために人間とデジタル技術の協働が急務となっています。例えば、人口減少に伴い、建築の「建てる」中心のアプローチから「使う・維持する」へのシフトが加速しています。この変化は、単なる建物の建設や維持だけでなく、まち全体としての視点での「つくる・維持する」へとスコープが広がっています。これは、持続可能なまちづくりの新しい概念として「住み続ける、居続ける」を重視する動きとも連動しています。

また、労働力の不足と高齢化の進行は、業界全体の生産性向上の必要性を強調しています。さらに、カーボン・ニュートラルを目指す動きの中で、創エネ、蓄エネ、省エネといった環境技術の開発が求められています。加えて、地政学的要因、例えばロシア・ウクライナ問題や中東の情勢は、資材調達をより複雑なものとしています。

これらの様々な課題の中で、人間の判断をサポートする予測AIや生成AIの役割は、今後建設業に関わる様々な領域でますます重要となってきています。これらの技術は、複雑な状況下での迅速かつ適切な意思決定を可能にし、建設業界の未来を形成する鍵となるでしょう。

建設業界においてAIはどのように価値を発揮するか?

様々な業務で予測AIは浸透

既に建設業界では、様々な業務・領域で予測AIの活用が浸透しています。ここでは、いくつかの取組事例をご紹介します。

図1 建設のバリューチェーンと機械学習の活用シーン

建設業界でのAI活用シーン1:企画評価

企画評価工程では、土地の仕入れに関する原価を予測する際、過去のデータや市場の動向を基に、より正確な原価を算出することが可能となりました。また、販売価格の予測も、類似のプロジェクトや地域の物件価格の動向を元に、最適な価格設定をサポートします。さらに、工事の概算見積や工期の予測も、過去の実績や現場の状況をデータとして活用し、より精緻な見積もりを迅速に提供することができるようになりました。

建設業界でのAI活用シーン2:調査・設計

調査・設計工程では、初期の設計段階で、AIを用いることで初期設定値の予測がより正確に行え、設計の効率化と最適化が進められます。また、竣工後の床振動音レベルを予測することで、住民の快適性を確保しつつ、設計の改善点を明確にすることができます。加えて、コンクリートの品質や性能を最適化するための配合も、過去のデータや実験結果を基にAIが最適な配合を提案します。さらに、地盤の診断においても、機械学習を活用することで、地盤の種類や特性を迅速かつ正確に分類することが可能となり、安全かつ効率的な建築をサポートしています。

建設業界でのAI活用シーン3:工事

工事工程では、プロジェクトの進行中に遅延が生じるリスクを事前に予測し、適切な対策を講じることが可能となります。また、リソースの予測を行うことで、人手の最適な配置やスケジューリングが実現される。工事現場で撮影される大量の写真を、AIを用いて自動でカテゴリー別に振り分けることも可能となり、管理の手間を大幅に削減します。さらに、建設現場の危険予知により、事故のリスクを低減し、安全な作業環境を維持することができます。

加えて、シールドマシンの蛇行量の予測は、トンネル工事の精度と安全性を高める上での大きな貢献を果たしています。なお、昨今、シールドマシンの蛇行量予測が精緻になった背景には、データ取得技術の進化とデータ解析手法の向上が挙げられます。従来のシールドマシンの運用では、地質データやマシンの動作データなど、限られた情報を基に蛇行予測を行っていました。しかし、近年の技術革新により、ドローンや3Dスキャナー、センサーテクノロジーなどの先進的なデバイスが建設現場での使用が一般的となりました。これにより、地下の地質構造や水分量、マシンの動作状況など、より多様かつ高精度なデータをリアルタイムで取得することが可能となりました。加えて、この大量のデータを活用するためのAI技術やデータ解析手法も進化しています。特に、機械学習を用いた解析により、複雑な地質条件やマシンの動作パターンから、シールドマシンの蛇行を予測するモデルが構築されるようになりました。

建設業界でのAI活用シーン4:維持管理

維持管理工程では、建物やコンクリート、電線などの劣化判定が挙げられます。過去のデータや画像解析を基に、AIは劣化の兆候を早期に検知し、適切な対策を提案します。また、建物の電力消費予測を行うことで、エネルギーの効率的な使用やコスト削減の実現が期待されます。さらに、設備の故障予測を通じて、突発的なトラブルを未然に防ぎ、安定した建物運用をサポートします。これらの技術の導入により、維持管理の業務はより予測的、かつ効率的なものとなり、建物の寿命を延ばし、持続可能な環境を実現しています。

今後は、建設業界でも予測AI+生成AIの活用による価値発揮が期待

このように、建設業界においてもAI活用の進化が顕著になってきていますが、今後は特に、予測AIと生成AIの組み合わせが業界の変革を牽引するキーとなると考えられます。

例えば、鹿島建設では自社イントラネット内に自社専用の対話側AIである「Kajima ChatAI」を構築し、自社とグループ会社の従業員約2万人を対象に運用を始めたと発表し、業務の効率化や生産性の向上が期待されています。[1] また、竹中工務店では建設業の専門知識をベースにしたナレッジ検索システム「デジタル棟梁」を構築し、社内ルールや技術標準、ノウハウ集などの専門情報を検索対象として、質問に対する回答を生成することができます。[2]

このように、今後、予測AIと生成AIの組み合わせによる活用が進むことで、建設業界における業務の効率化や新しい価値の創出がさらに加速することが期待されます。

建設業界でのAI活用の課題とは?

このように建設業界では様々な領域で活用が今後も進むと想定されますが、一方で、いくつかの課題が今後待ち受けているとも考えられます。

建設業界でのAI活用の課題1:立場の逆転と個別最適化

まず、大きな課題の1つは、外部のAI開発会社への過度な依存です。特定の技術やサービス提供者に依存することで、技術の更新や変更に柔軟に対応する能力が低下する恐れがあります。また、外部依存が進むことで、業界独自のニーズに応じたカスタマイズや最適化が難しくなる可能性も考えられます。

さらに、各プロジェクトや部門ごとにAIを個別に最適化するアプローチは、短期的には効果を発揮するかもしれませんが、長期的には「車輪の再開発」という形で効率の悪化を招く恐れがあります。異なる部門やプロジェクトで似たようなAI開発が繰り返されることで、全体としてのシナジーや統一性が失われ、結果的にコスト増や時間のロスを引き起こす可能性が高まります。

図2 立場逆転 局所最適化

建設業界でのAI活用の課題2:AIモデルの”暴走”

建設業界におけるAIの活用は、多大な効果をもたらしている一方で、新たな課題も浮上しています。中でも、AIモデルの”暴走”は深刻な懸念として注目されています。AIモデルの”暴走”とは、モデルが意図しない結果を出力することや、過去のデータや偏見を元に不適切な判断を下すことを指します。特に、モデルの精度が劣化した場合、そのモデルに基づく判断や予測が業務に悪影響を及ぼすリスクが高まります。現在のところ、多くの企業はこのような精度劣化に迅速に対応する体制を十分に整えていないのが現状です。すでにAIモデルの”暴走”がビジネスに大きな影響を与えたケースも存在します。米国の著名な不動産テック企業のZillowは、独自の不動産価格予測アルゴリズムに基づき、物件購入やリノベーション費用を決定していましたが、2020年のパンデミックの影響で予測精度が狂ってしまい、市場価格よりも高い価格で物件を購入し利益率が圧迫された結果、2,000人を解雇する事態になりました。[3]

図3 AIモデルの暴走 1

さらに、予測AIだけではなく、今後は生成AIのような高度な技術が業務に導入されるにつれ、この問題はより複雑化していくことが予想されます。生成AIは、新しい情報やデータを誰もが非常に使いやすい状態で「生成」する能力を持っており、その出力内容の正確性や適切性を確認するのが一層難しくなります。

建設業界でのAI活用の課題3:担い手不足

そして、3つ目の課題としては、専門家、すなわちAI活用の担い手の不足です。AIモデルを構築できるデータサイエンティストは限られており、彼らを育成するには時間がかかります。また、外部からの採用も難しく、特に建設業界特有の知識や経験を持つデータサイエンティストを見つけるのは一層困難です。

さらに、全社的なデジタル変革を進めるための組織やリソースが逼迫していることが多いため、AIプロジェクトの推進やデータサイエンティストの確保は益々難しくなっています。

建設業界においてAI活用の課題をどのように乗り越え、事業課題に対応すべきか?

建設業界でのAI活用において今後直面する3つ課題に対して、どう対応すべきか。以下では、これらの課題を乗り越え、事業の成功に繋げるための戦略とアプローチと紹介します。

個別最適化と立場の逆転 →コア領域は外部活用ではなく内製化

まず、1つ目の課題に対しては、AIの活用においては、企業のコア領域と非コア領域を明確に区別し、それぞれの領域に適したアプローチを採用することが、成功への鍵となります。

AIの場合、個別のAIモデルやそのモデルを実業務に適用するためのノウハウは、企業独自の価値を持つと言えます。これらは、企業の競争力を形成する要素であり、外部に依存することなく、内製化することが求められます。内製化することで、企業独自のニーズに合わせたカスタマイズや、迅速な改善・対応が可能となり、ビジネスの柔軟性とスピードを維持することができます。

一方で、AIプラットフォームやデータストレージなどの基盤技術に関しては、外部のソリューションを積極的に活用することが効果的です。これらの技術は、専門的な知識や大規模なインフラが必要となるため、外部の専門企業が提供するサービスを利用することで、コスト削減や効率的な運用が期待できます。

AIモデルの”暴走”→一元的なAIモデル管理による安定稼働化

2つ目の課題に対しては、一つの解決策として、全社一元的なAIモデルの管理が注目されています。個々に構築されたAIモデルを一箇所で一元的に管理することで、モデルの監視や更新、トラブルシューティングが効率的に行えるようになります。このため、企業や組織は効率的にAIモデルを管理できるプラットフォームの整備に力を入れています。

特に、Pythonやその他の多様なAIツールで構築されたモデルも、この一元的な管理プラットフォームの下で統一的に管理されることが求められています。これにより、異なるツールや言語で作成されたAIモデルでも、一貫した品質とパフォーマンスを確保することが可能となります。

なお、DataRobotにはDataRobot MLOpsというAIモデルを効率的に運用・管理するプラットフォームがあります。さまざまなツールやフレームワークで作成されたモデルを一元的に管理することができ、これによりモデルの運用が大幅に簡素化されます。また、モデルのパフォーマンスをリアルタイムで監視する機能が備わっており、問題が発生した場合にはすぐにアラートを受け取ることができます。

データの変動やモデルの劣化を検知すると、自動的にモデルを再トレーニングすることができるのも大きな特徴です。これにより、モデルの品質を常に最適な状態に保つことができます。さらに、大量のモデルやデータにも対応できる高いスケーラビリティを持ち、企業の成長や変化に柔軟に対応することができます。

図4 MLOps

AI活用の担い手不足→専門人材の生産性向上 + 非専門人材の戦力化

AI活用の担い手不足に対しては、二つのアプローチが考えられます:専門人材の生産性向上と非専門人材の戦力化です。

まず、専門人材の生産性を向上させるためには、全社デジタル組織の人員だけでなく、各事業部門内での推進組織人材やAI構築人材の育成・強化が不可欠です。これにより、各部門が自らのニーズに合わせたAI活用を迅速に進めることが可能となります。

一方、非専門人材をAI活用の戦力として活かすためには、全員が高度なプログラミングスキルを持つ必要はありません。例えば、Pythonのようなプログラミング言語を習得するのは時間がかかるため、DataRobotのようなローコード・ノーコードツールの活用が推奨されています。これらのツールは、コーディングの知識が少ない、あるいは全くない人材でも、AIモデルの構築やデータ分析を行うことができます。DataRobotでは、そういった非専門人材の戦力化と、専門人材の生産性向上の両方に資するAIプラットフォームとして多くの企業様にてご活用いただいております。加えて、DataRobotでは、AIプラットフォームを活用した業務課題解決を促進する伴走支援や教育コンテンツも様々提供しており、企業におけるAI活用を後押しします。

図5 初心者から上級者まで幅広く活用可能

AI活用が建設業界に与える今後の影響・将来像とは?

建設業界を取り巻くデジタル環境は日々進化しています。例えば、デバイスやクラウド環境の進化により、収集可能なデータは指数関数的に増加しており、これによって業界の効率化や新たなサービスの提供が期待されています。また、ロボティクス技術の開発・進化は、人間が従来担っていた”行動”に関する部分の補助や代替を可能にしています。RXコンソーシアムの設立は、この動きの象徴であり、多くのゼネコン企業が共同で業界の課題解決に取り組んでいます。[4]

しかし、これらの技術進化の中で、益々重要となるのは”判断”の部分です。収集された膨大な情報を行動に変換するための”判断”が、どれだけ高度に、そして正確に行えるかが鍵となります。そして、その”判断”を補うのがAIとなります。なお、2023年に爆発的にブームとなった生成AIは非常に優れたソリューションではあるものの、中央値の回答を返すことは得意です。一方で、それだけでは、企業としての競争優位性や独自性を見出すことは難しくなります。したがって、今後のAI活用においては、中央値から少し外れた、”筋の良い異常値”をどう見つけ出すかが鍵になると考えられます。

この”筋の良い異常値”は、AIだけでは発見が難しく、これまで建設現場の中で技術や知見を磨いてきた人間の感性や経験が極めて重要となると考えられます。これを踏まえると、今後の建設業界における将来像としては、AIと人間が従来以上に緊密に協働し、この二つの力を最大限に活用することで、より高度なそして魅力的なサービスの開発・提供や効率的な業務遂行が期待されます。

最後に:建設業界の未来を創るAI活用

建設業界の歴史を振り返ると、その時代の課題に対する解決策・技術が進化してきました。そして、この令和の時代には様々な課題が、今まで以上に複雑に絡み合っています。そんな状況を打開するのがデジタル技術やAIだと我々は考えています。これらの技術は、単なるツールではなく、業界の未来を形成する大きな力となっていくでしょう。そして、この力を最大限に活用することで、建設業界は新たなステージへと進化することができるとも考えています。技術の進化とともに、人々の生活や社会の質を向上させるという建設業界の使命と、それを支える建設会社の方々の持続的な成長と発展を我々もサポートしていきたい。

参考文献

[1] 鹿島建設株式会社 プレスリリース 「グループ従業員2万人を対象に専用対話型AI「Kajima ChatAI」の運用を開始」(2023年8月8日)

[2] ASCII.jp「デジタル棟梁」の実現に向け、竹中工務店がAmazon Bedrockを試用」 (2023年10月3日)

[3] PALO ALTO INSIGHT, LLC 「Zillowは何故AI経営に失敗したのか?」(2021年12月27日)

[4] 建設RXコンソーシアム

執筆者について
笹口 和秀
笹口 和秀

DataRobot Japan
AI サクセスディレクター

DataRobotでは主に建設業や製造、ユーティリティのお客様へのAI戦略策定や組織・人材育成 等に従事。あわせて、脱炭素・GXへの AI活用・促進を担当。前職はコンサルティングファームのマネージャーとして事業戦略策定やDX新規事業立案 等に従事。

笹口 和秀(Kazuhide Sasaguchi) についてもっとくわしく