
2026年1月に開催された金融データ活用推進協会(FDUA)主催の「第4回金融データ活用チャレンジ」において、見事「DataRobot賞」に輝いた株式会社 商工組合中央金庫(以下、商工中金)の中川 竜太朗 氏(デジタル戦略部 インテリジェンス室 AXグループ マネージャー)。
今回は、DataRobot Japanの副社長 兼 サービス統括部長、そして、FDUA 企画出版委員会委員長代行を務める小川 幹雄がインタビュアーとなり、中川氏の挑戦の舞台裏に迫りました。非エンジニアである中川氏が、いかにしてAIを使いこなし、どのような苦労を経て実業務に活きるヒントを掴み取ったのでしょうか。
テクノロジーを原動力に、「お客さまと深く向き合う力」を最大化していく商工中金のAX戦略。その最前線で起こったチャレンジのストーリーをお届けします。
商工中金の中小企業支援ミッションと「DXからAXへ」の戦略
小川: まずは「第4回金融データ活用チャレンジ」でのDataRobot賞の受賞、本当におめでとうございます!非エンジニアでありながら、ローコードとはいえ、コーディングが必要なDataRobot賞に挑戦いただいたことにとても感謝しています。今回はその舞台裏をじっくり伺いたいのですが、はじめに商工中金様が今まさに推進されている経営戦略「DXからAXへ」のシフトと、その根底にあるミッションについて教えていただけますか ?
中川氏: ありがとうございます 。商工中金は、2026年12月に創立90周年を迎える、中小企業専門の金融機関です。2025年6月の民営化によって「中小企業による中小企業のための金融機関」としての位置づけが明確化されました。2026年3月には「長期戦略・変革プラン」を公表し、融資にとどまらない幅広い金融サービスや全国のネットワークを活かして、「集めて・つなげて・価値を創る」中小企業経済圏の確立・活性化を目指しています。
中小企業経済圏の確立・活性化の実現に向け、5つの変革を推進しており、中小企業を支える「プロデューサー」として自らを変革しています。とりわけ5つ目の変革「DXからAXへ」では、リアルとデジタルの両面で蓄積してきたデータをもとにAIデータ基盤(JIPS構想)を構築し、中小企業経済圏の参加者に「価値ある情報」を届けるAI・トランスフォーメーション(AX)の実現を目指しています。
小川:素晴らしい取り組みだと思います。
中川氏: 私たちは、「AIで業務プロセスを徹底的に効率化し、捻出した余力をお客さまへの価値創出に再配分する」ことを行動原則としています。商工中金が90年の歴史で築き上げた「お客さまとの信頼関係」と「事業性評価に基づく課題解決・成長支援」は、リアルとデジタルの融合によってこそ最大化できると考えています。さらに、こうした内部の効率化に留まらず、お客さまに向けてAIを活用した新たなサービスを開発し、価値を届けることも私たちの重要なミッションです。この思想を全社的に体現する中核組織として、2026年4月に「AXグループ」が新設されました。

経営戦略を「率先垂範」で体現した「(金融庁共催)第4回金融データ活用チャレンジ」への挑戦
小川: 最先端のAIを駆使する目的が、「業務プロセスを徹底的に効率化し、捻出した余力をお客さまへの価値創出に再配分する」という思想は本当に素晴らしいですね 。中川さんはこれまで一貫して金融の世界を歩みつつも、地銀での新規事業立ち上げや、機械学習を用いた住宅ローン・法人融資審査モデルの構築・外販を担うネット銀行子会社の経営など、非常にユニークなキャリアをお持ちです。今回、自身初となるコンペへの参加を決意された背景には、どのような想いがあったのでしょうか ?
中川氏: 最大の理由は、やはり新設したAXグループのリーダー(マネージャー)という自身のロールの変化でした。AI変革を社内で推進する立場である以上、非エンジニアだからと技術者任せにするのではなく、「まずは自分自身が率先してAI(エージェント)活用に取り組み、推進者自らが実践者でなければならない」という強い覚悟がありました。
小川:中川さんの強いリーダーシップを体現する形での挑戦が、今回のDataRobotを活用した提案書作成AIの構築、そして DataRobot賞の受賞という見事な成果へと繋がったと感じています。
提案書作成における障壁:非エンジニアが直面した「エラーの壁」と情報の選定
小川: まさにリーダーとしての「率先垂範」を体現されたわけですが、実際のコンペ期間中は一筋縄ではいかないことも多かったかと思います。非エンジニアという立場で、具体的にどのような壁にぶつかり、それをどう乗り越えられたのですか?
中川氏: 最も苦労したのは、やはり「コード書きとデバッグ(エラー解消)」のプロセスでした。「なぜエラーになるのか」という壁にぶつかるたび、仕様の解読や原因追求に追われ、想定以上に時間を取られました。
また、提案書のストーリーライン(構成骨子)といったドラフト作成自体はAIに任せられたものの、それを実運用に耐えうる「金融業界ならではの視点」にどう落とし込むかという点にも試行錯誤が必要でした。
例えば、建設業を対象とするなら経営事項審査(経審)のスコアや指名停止措置の確認といった、我々がこれまでの経験から得た「当たり」や「知見」を外部情報から見つけ出し、それをAIが参照しやすいようにどのようにデータベース化していくか。この工程には、非常に多くの時間を費やしましたね。
もう一つ、意外に時間を費やしたのがエージェント全体の構成設計です。DataRobotでいうブループリント——提案書の中身ではなく、提案書を作るためのAI設計図をどう組むと最も効果を発揮するか。どの工程をどのエージェントに担わせ、どう連携させるか。この設計図づくりはAIと壁打ちしながら試行錯誤を重ねました。「何を作るか」だけでなく「どう作らせるか」を考え抜くプロセスこそが、実はこのコンペで最も頭を使った部分だったかもしれません。
他のソリューションではなく、なぜDataRobotだったのか
小川: ドメイン知識やこれまでの知見をAIにどう組み込むか、という情報の選定はまさにビジネスサイドだからこそできる重要なプロセスだと思います。世の中には数多くのAIツールやソリューションがありますが、今回なぜDataRobotを選んでチャレンジされたのでしょうか?
中川氏: 通常、我々のようなビジネスサイドの人間がプロトタイプを自作しようとすると、サーバーの構築やスペックの選定、どのLLMをどうAPIで繋ぎ込むかといった「環境・インフラ周り」の専門知識が必要になり、多くの人がそこで挫折してしまいます。そもそも、自作しようという発想が生まれない、と言った方が正確かもしれません。
しかし、DataRobotはそうしたバックエンドの複雑な仕組みを考える必要がありませんでした。インフラの手間が一切なく、「何を作るか」というアイデアの具現化だけに100%フォーカスできる環境が整っているため、他の選択肢と比べても開発が楽でスムーズだと感じ、DataRobotでのチャレンジを決めました 。
小川: 「インフラを気にせずアイデアの具現化に集中できる」というDataRobotの価値を最大限に活かしていただけて光栄です。中川さんが感じてくださったポイントこそが、私たちが一番お届けしたかった価値です。
DataRobotは単なるAIエージェント構築ツールではなく、複数のLLMの比較・切り替え、認証やモニタリング・ガードレール、リソース制御とセキュアなアプリケーションへの落とし込みまでをシームレスに統合しています。インフラの複雑さを全く意識させないことで、中川さんのようなビジネスのプロフェッショナルが「ドメイン知識」という最大の武器を振るうための時間を創出できたことは、非常にうれしく思います。

技術者に頼らず、自ら単独でのチャレンジ。エラー対応で見出した「AIとの共創」
小川: 今回のコンペへの挑戦では、社内のエンジニアや技術者に頼る選択肢もあったかと思いますが、あえて「単独」で、しかも業務外の時間を使って個人で挑戦されたのはなぜですか?
中川氏: 社内でAXを牽引していく立場として、「自分は非エンジニアだから」「難しそうだから」と最初からエンジニア任せにして一歩引いてしまうのは、あまりにももったいないという想いがありました。今はAIに問いかければ、ある程度のことは教えてくれる時代です。技術者と組んで丸投げするのではなく、まず「自分自身のチャレンジ」としてどこまでやれるか、AIをパートナーにして自ら手を動かすことにこそ意味があると考えました。「自分で自分の限界に勝手に線を引かない」というスタンスを、まずは自ら証明したかったのです。
小川: 素晴らしいスタンスですね 。実際にDataRobotを「パートナー」として伴走してみて、どのような気づきや体験が得られましたか ?
中川氏: 第一印象は、やはりインフラや接続周りを意識させない設計のおかげで、アイデアをすぐに形にできるスピード感が素晴らしいという点です。一方で、開発中には何度コードを投げてもエラーが解消しないドメインもあり、苦労したのも事実です。しかし、諦めずにAIと対話を繰り返すうちに、プログラムの構造や「今、AIが同じところを堂々巡りしているな」という本質的な原因が、非エンジニアの自分でも感覚的に見えてくるようになりました。
そこを突いて的確な修正指示を出すと一発で直るなど、エラー対応を通じて「AIと共に自分自身も成長していく(Work with AI)」という非常に面白い体験ができました 。結果として、非エンジニアの挑戦でありながら「DataRobot賞」という名誉ある賞をいただけたことは本当に嬉しく、今後の大きな自信に繋がっています。

非エンジニアがエージェントを理解することで生まれる「組織へのインパクト」とは
小川: まさに「AIとの共創」を体現されたわけですね 。中川さんのように、現場を熟知した非エンジニア(ビジネスサイド)のメンバーがAIエージェントの仕組みを理解し、自ら扱えるようになることは、組織全体にどのようなインパクトをもたらすと考えていますか ?
中川氏: 最も大きなインパクトは、「既存業務にAIを無理に当てはめる」のではなく、「AIが力を発揮しやすいように、業務プロセスそのものを見直す」という発想が組織に芽生えることだと思っています。
現場の業務を一番よく知っているビジネスサイドの人間がエージェントの仕組みを理解すると、「この業務はAIに任せられる」「ここは人の判断が必要」という分業の議論が、初めて本質的にできるようになります。そのうえで、粗削りであってもプロトタイプ(エージェント)をパッと手元で具体化できるようになれば、組織の業務改善のスピードは劇的に加速します。「ここはAIに任せて、ここからは人間が判断する」──いわば優秀な部下とマネージャーの関係──を組織全体が理解できれば、これまで書類作成や内向きの調整に割いていた時間を大幅に浮かせることができると思います。
そうして生まれたリソースを、お客さまと深く向き合う時間や、一次情報を足で稼ぐ時間へとシフトしていく 。結果として、我々の使命であり目指す姿である「お客さまとの対話を通じた深い顧客理解と価値の提供」に、全員が100%集中できるようになると確信しています。
一方で、金融機関としては、利便性や効率性だけでなく、セキュリティ、説明可能性、保守性といった観点も踏まえながら、責任ある形でAI活用を進めることが重要だと考えています。非エンジニアが手軽にコードを書ける時代は、裏を返せば、セキュリティの脆弱性や保守性の問題を孕んだアプリケーションが乱立するリスクも意味します。
今回のコンペを通じて強く感じたのは、ビジネスサイドの非エンジニアが手元でプロトタイプを形にし、専門職がそれを実運用に耐えうる品質まで昇華させる——このサイクルこそが鍵だということです。非エンジニアの役割は完成品を作ることではなく、「こういうものが欲しい」を動くプロトタイプとして示すこと。それによって業務側と技術側の対話の質が飛躍的に上がります。だからこそ、「試す人」と「仕上げる人」の役割分担を組織として明確にすることが重要です。非エンジニアのPoCはあくまで仮説検証の手段であり、本番実装は専門職が責任を持つ——この線引きを曖昧にしないことが、AI活用を健全に拡大するための前提条件だと考えています。
今後の挑戦:社内普及に向けた「両輪」の推進
小川: AIで作り出したリソースをコアバリューであるお客さまとの時間に充てる、まさに商工中金様のAX戦略の本質ですね。この成功体験を今後、どのように社内へ普及・展開させていく計画ですか?
中川氏: 今後は、社内でのツールの使い分けとして「DataRobotとCopilotの両輪の活用」を想定しています。 まず、チャットベースでの日常的な情報整理やドキュメント作成など、M365上の業務支援にはCopilotを活用し、現場主導で身近な改善をスピーディーに回していきます。Copilotを用いた業務支援は、M365の管理基盤の中で動作するため、先ほど述べたセキュリティや保守性のリスクが限定的であり、現場の自走に適した領域だと考えています。
一方で、業務プロセス全体を設計して複雑なエージェントを構築するような場面や、セキュリティ・既存システムとの連携、高度なデータ利活用が必要なシーンにおいては、我々「AXグループ」がDataRobotをベースにして高度なアプリケーションを構築し、現場へ展開していく。どちらか一方ではなく、利用シーンに応じて適材適所で使い分けることが重要であり、それぞれの強みを活かすことで、AXをさらに加速させていきたいと考えています。
最終的に目指しているのは、AIが特別なものではなく、WordやExcelのように当たり前のツールとして業務の中に存在する状態です。「AIを導入しました」と言わなくなる日が来ることが、本当の意味でのAXだと思っています。
最後に:「恐れずに、まずはやってみる。景色はそこから変わる」
小川: 現場主導の改善と、DataRobotを基盤にした高度な仕組みづくりの「両輪」ですね 。非常にクリアなロードマップです。それでは最後に、中川さんと同じように「AIを活用して業務を変えたい」と思いつつも、一歩を踏み出せずにいるビジネスユーザーや非エンジニアの皆さまへ向けて、エールをお願いします。
中川氏: 「自分は非エンジニアだから」「技術的なことはわからないから」と、自分で勝手に限界の線を引いてしまうのは本当にもったいないことだと思います。まずは恐れずにチャレンジしてみてはいかがでしょうか。実際に手を動かしてAIと格闘してみることで、初めて見えてくる景色や気づきが、必ずあります。
AIは、こちらが諦めなければ何度でも健気に付き合ってくれる心強いパートナーです。もし、私の今回の挑戦が、皆さんが一歩を踏み出すための背中を少しでも押せるのであれば、これ以上に嬉しいことはありません 。ぜひ、皆さんも新しい技術へのチャレンジを楽しんでください!

<プロフィール>
中川 竜太朗氏
新卒で地方銀行に入社し、法人・個人営業、および経営企画や新規事業の立ち上げを経験。その後、ネット銀行へと転身し、最先端のフィンテック(金融テクノロジー)に深く触れながら、大手企業と提携した「BaaS(Banking as a Service)」の社会実装や、機械学習を用いた住宅ローン・法人融資審査モデル構築・外販事業を行う銀行子会社の経営などに従事する。2024年7月に、商工中金に入社。現在は、民営化後、「集めて・つなげて・価値を創る」中小企業経済圏の確立・活性化を目指す商工中金において、2026年4月に新設した「AX(AI・トランスフォーメーション)グループ」のリーダーに着任し、組織の変革と中小企業の持続的成長を支える次世代金融の実現を目指す。
小川 幹雄
DataRobot Japan株式会社の副社長 兼 サービス統括部長。 同社創立期より参画し、インフラからプロダクトマネジメント、パートナリングまで幅広く担当、ビジネス拡大に貢献。その後、金融業界向けにAI導入・組織構築支援をリードするディレクター兼リードデータサイエンティストとして活躍。2023年にはグローバルのVice Presidentに就任し、日本におけるAI&サービス部門の統括責任者へ。2024年より現職。社外活動として、2022年より一般社団法人金融データ活用推進協会(FDUA)の企画出版委員会委員長代行、ISO TC68/AG6 および SC42/JWG7 国際エキスパートを務める。