小売・流通業のAI活用におけるコロナウイルスの影響

2020/05/08
執筆者:
· 推定読書時間 3  分

非常事態宣言の1ヶ月の延長検討されるなど、新型コロナウイルスの終息はまだ見えません。コロナウイルスは社会・経済全体に大きな影響を与え、一般消費行動すら変化しています。小売・流通業もその煽りを受け、単にマスク、アルコール消毒、空気清浄機などでのコロナ特需だけに終わらず、多くの変化が生じています。

本ブログでは、DataRobot小売・流通チームがコロナウイルスの影響をまとめ、これまで AI を活用していた分野における影響、今の時期にこそチャレンジする価値のある AI 活用領域について紹介していきます。

小売流通業界における新型コロナウイルスの影響

政府はコロナウイルスの終息に向け、非常事態宣言を行い、人と人との接触を「極力8割削減する」との目標を掲げています。東京都も遊興施設、商業施設、劇場など6業態に休業要請を出すなど、外出、外食、旅行などの一般消費者の人との接触につながる行動は大きく減少しています。この影響をセブン&アイ Holdingsの2月期決算資料を例に見てみましょう。

下図にある様に、2020年3月では前年比でイトーヨーカ堂とヨークベニマルは若干のプラス、セブンーイレブン・ジャパンと 7-Eleven, Inc. は若干のマイナス、そごう・西武とデニーズは大幅なマイナスとなっています。これが日本の小売業界のコロナウイルスの影響の縮図となっており、「総じてネガティブな影響が大きいが、部分的にはポジティブな影響」を受けているのが小売・流通業の現状です。

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具体的な数字を使って、もう少し細かく影響を見て見ましょう。

外出・によってショッピングセンター(SC)や百貨店などの巨大な商業施設では自主的な休業と遠出・人混みを避ける消費者の意識もあり、売上が大きく減少しています。日本ショッピングセンター協会によると、3月の SC 既存店売上高は前年同月比で28.0%減少、日本百貨店協会の発表では百貨店は前年同月比で33%減少となっています(4月の売上速報では大手各社7〜9割減)。

外出自粛は、人々の行動パターンにもダイレクトに影響を及ぼしています。外出が減った事で、外出のための着飾り・メイクアップのニーズが下がり、衣料品・化粧品の消費も大きく下がっています。国内の大手アパレル 各社の3月の店舗売上高は軒並み前年同月比3〜4割減、化粧品も前年金額比で2〜3割程度減少している模様です。

外食も同様に営業時間の短縮要請や商業施設内のフードコートや繁華街の人出が減った影響もあり、3月は前年同月比17%減少となっています。

一方でコロナの影響を受けて伸びているのが食品スーパーです。家で食事をするニーズの増加などを’受け、3月は前年同月比7.4%増なっています。

外出自粛によって小売業界に新たなトレンドも生じています、EC・通販・宅配サービス家の中での体験の増加です。

外出が控えられるにつれて、Amazon、楽天、生協やネットスーパーなどの EC、そして Uber Eats、出前館などの宅配サービスのニーズが増えています。例えば、ユナイテッドアローズでは営業自粛の影響もありリアル店舗では39%減となっているものの、EC では24%増となっています。

EC への移行による消費者へのメリットは多岐に及びます。一例として、外食産業における EC 化(アプリからのオーダー対応)のインパクトを以下にまとめました。

この様に、小売・流通企業の EC の活用は、コロナ拡散を防止し、コロナ下で影響少なくオペレーションしていく為に非常に重要です。

また、旅行・遊興施設、外食などが控えられるにつれて、家の中での体験のニーズが増えています。例えば、宅飲みやゲーム、自宅用のフィットネス器具やジョギングなど接触の少ない運動グッズの消費が増え、挙げ句の果てにはパンや菓子づくりが増えたためにスーパーで小麦粉が品切れる事態にもなっています。

最後に、もう1つ大きな影響を受けているのがインバウンド市場です。2019年のインバウンド消費額が4.8兆円、それに占める買い物額が1.7兆円にも上り今や日本の重要な産業の1つでもあります。この市場がほぼゼロになり、インバウンドへの依存度が高い百貨店、繁華街のドラッグストアや家電量販店などが特に大きな影響を受けています。

コロナウイルス下の小売業界における機械学習の活用

以下の図は小売・流通業のバリューチェーンの中で、一般的な AI の活用事例を示したものです。それぞれの活動の中でコロナウイルス下で今取り掛かるべきテーマ、見直すべきテーマ(AI の活用が可能であるが、既存のモデルでは役に立たないなど注意が必要なテーマ)、現在は進めるべきでないテーマとそれぞれのテーマでの対応策を見ていきます。

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物流/在庫管理

コロナウイルスによって物流や消費者の需要は大きく影響を受けています。

パニック買いが発生し、マスク、アルコール消毒だけでなく、ティッシュも品不足になり、毎朝ドラッグストアに開店前の行列ができ、スーパーでも棚に商品がないという事態に発展しました。また人々の生活パターンが変化し、これまで週末に受け取る人が多かった EC が在宅勤務などで平日にも受け取る人が増えるなど、宅配物流のパターンにも変化が生じています。

その結果、これまで長年の勘や経験で成り立っていた需要や物流量の予測もその難易度がより上がるでしょう。この様な状況でも、機械学習を活用し、顧客のニーズの変化に対応した予測を行う事が可能です。以前にブログで紹介しましたが、最新データからの学習傾向を強め、長期的トレンドに強く依存しないモデル構築する事で変化に対して対応力のあるモデルを生成できます。また、売上の履歴データに加え、流動人口データ等を組み込むことで、更に短期的精度の向上が期待されています。

一方で、機械学習は過去の結果から学習して、未来を予測する技術ですので、どの様な場面でも対応できる訳ではありません。担当者は機械学習モデルの運用に際して、ストレステストや過去データでの検証を元に、機械学習モデルの予測値を利用しない条件とその時のオペレーション方法を決めておく必要があります。例えば私の担当したお客様では

  1. 新商品の発売後2週
  2. 年に2度しか行われない大セール
  3. 数年に一度の台風・大雪があった場合
  4. 年に1度のイベント

場合には、機械学習モデルの予測値の精度が十分でないため、現場の判断でに任せて予測を上書きするオペレーションを取っておられました。

一方で、この様な時期に AI が適していないのは、上でも述べた新商品の需要予測や長期の需要予測です。新商品の数は限られているため、最新の変化に対応させるモデリングは難しいのが現実です。また、人間がコロナウイルス影響下で1年先の予測をする事が難しい様に、機械学習でも実現性の低いテーマです。

見直すべき AI テーマ

・短期の需要・物流予測

現在は進めるべきでないテーマ

・長期の需要・物流予測

・新商品の需要予測

広告宣伝

冒頭で述べた様に、外出自粛の影響によって小売はリアル店舗から EC・通販へと大きくシフトしています。EC サイトでは、ユーザーごとの閲覧履歴や購入履歴などあらゆる情報を取得する事ができ、それを分析する事でユーザーを深く理解し、プッシュ、E メール、Web サイトでのレコメンドなどのカスタマイズしたコミュニケーションに生かす事ができます。

しかしこの様な CRM データに基づくターゲティングモデルも、消費者の需要と行動パターンの変化に より変更を強いられる可能性が高いでしょう。コロナ以前のマーケティング・営業活動の結果に基づく学習データではなく、新たにテストマーケを行うなどをして集めたデータから再学習を行うことで、 現場が捉えきれていない消費者の反応の傾向をデータドリブンに読み取っていけるようになるでしょう。

また、企業の業績の悪化に伴い企業のマーケティング・広告予算は大きく減少しており、効果の低い広告を減らす必要があります。過去のブログ記事にもある様に、機械学習を使って広告効果を測定する事ができます。その分析を用いて、現場の担当者やマーケターの感覚に頼らない、数字に基づいた意思決定が可能になります。一方で、コロナの影響で消費者の行動が変化し、マーケティングの効果ももコロナ以前と異なる可能性が高い事に留意する必要があります。

見直すべき AI テーマ

・CRM データに基づくマーケティング

  1. ターゲティング
  2. アップセル/クロスセル
  3. 商品レコメンド
  4. 再購入予測

・機械学習を活用した広告効果の計測

販売

2019年にはこれまで増加の一途を辿ってきたコンビニの店舗数の増加が頭打ちしましたが、コロナの影響でこのトレンドが加速すると想定されます。そして、今後はどの店舗を退店するかの選択を迫られる様になるでしょう。そこで退店が近隣の自店舗の売上にどの様な影響を及ぼすかを予測するモデルのニーズが生じると考えられます。

しかし、逆説的に考えると、他社の出店が減る時代は掘り出し物が増える出店のチャンスであり、ドラッグストアなどの一部の業界での出店は継続すると考えられます。その際、コロナの影響で新店の売上がこれまでと変わるなど不確定要素が多いため、最善ケースと最悪ケースなど複数の場合でシミュレーションを行うなど部分的な見直しが必要です。

企業が EC に軸足を移す事によって生じてくるのが、不正購入、不正返品の検知です。クレジットカード決済での不正利用やなりすましの可能性が高い注文は、早期に検知し出荷を止める必要があります。同時に近年は無料の返品を受け付ける EC も多くなってきましたが、それらにその場合数多い返品の中からどれが返品対応可能な物かの判断に機械学習モデルを活用する事ができます。

今取りかかるべき AI テーマ

・退店予測

・EC での不正購入/返品検知

見直すべき AI テーマ

・出店予測

顧客サービス

混雑した店舗での感染を避けるため、ドラッグストアを始めとする様々なサービスが電話での対応を開始し、コールセンターのニーズは増大しています。入電量の予測には以前から機械学習が使われている業界も多く、これからのタイミングで必要とされるケースも増えるでしょう。一方で、3密を避けるために、席間隔を拡大する必要があるために、ニーズに十分あったオペレーターを用意するのは難しい事が想定されます。そこで、機械学習を用いて、お客様にアナウンスする待ち時間の予測や、自動処理のためのカテゴリ分類などの需要も増えるでしょう。

食品スーパーなどでは、パートやアルバイト従業員が休校・休園で働けなくなる一方で、需要が増加し、感染防止対策の作業も増え、人手不足が生じています。そこで採用の初期選考をAIを用いて行う事で、担当者の採用における作業を軽減する事ができます。

今取りかかるべき AI テーマ

・呼量予測

・コールセンター待ち時間の予測

・コールセンターの振り分け

・採用予測

アフターコロナに向けて

緊急事態宣言が終了しても、すぐさま小売がコロナ以前に戻る事はありません。

コロナウイルスの終息には数年の歳月がかかると言われていますし、インバウンド市場などは長く低迷するでしょう。外食やリアル店舗に徐々に戻る部分もあると思いますが、EC・デリバリーサービスや家庭で体験に慣れ親しんだ消費者は、それらを継続的に活用していく事が考えられます。

また、ティッシュペーパー、トイレットペーパー、生理用品など買い溜められた商品は、今後コロナ終息に近くにしたがって、その反動で需要が落ち込むと考えられます。

これらの「アフターコロナ」の市場における需要回復 への道のりと消費者行動の変化を的確に捉えていくためには、今まで以上にデータドリブン なアプローチが必要となり、機械学習技術へのニーズが増えていく可能性があります。コロナウイルスによって今後引き起こされていく、小売・流通業の変化に対応するためにも、AI・機械学習がより一層活用され、そして DataRobot もその一助になれば幸いです。

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執筆者について
中野 高文(Takafumi Nakano)
中野 高文(Takafumi Nakano)

データサイエンティスト

DataRobot データサイエンティスト。小売・マーケティングのスペシャリストとして、需要予測からダイレクトメールのターゲティングモデルまで様々なテーマで AI を活用し、企業の AI 変革を推進。より多くの人がビジネスで機械学習を活用できるよう DataRobot を使った機械学習の民主化を推し進めている。元リターゲティングのリーディングカンパニー Criteo のデータサイエンスチームリード。デジタルマーケティングや小売でのAI活用関連の研究会講師や講演・寄稿多数。

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