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アフターメンテナンスにおける AI 活用

2022/04/13
執筆者:
· 推定読書時間 4  分

DataRobot の AI サクセスの責任者をしております三島とデータサイエンティストの鎌田です。三島は、現在は DataRobot で AI サクセスの責任者をしておりますが、DataRobot 入社前は15年以上、製造業のお客様を中心に ERP や SCM のシステム導入に携わり、特にアフターメンテナンスの領域では、多くのお客様の業務改善に従事して参りました。鎌田はデータサイエンティストとして大学などの研究機関から民間企業まで主にヘルスケア業界のお客様を支援しており、COVID-19 などの社会問題から民間企業の現場レベルの問題まで幅広い問題に日々立ち向かっています。この記事では、リアルな現場をみている2人が、アフターメンテナンス業務プロセスにおける AI 活用について解説をしていきます。

読者の中には、既に様々なベンダーやコンサルファームが開催している AI 関連・需要予測のウェビナーに参加されたり、関連の記事を読まれている方もいらっしゃるかと思います。本記事は、一般的な AI 関連・需要予測の話ではなく、サプライチェーン業界の中でも、組立製造業のお客様のアフターメンテナンスの領域に特化しています。

アフターメンテナンスにおける AI 活用概論

アフターメンテナンスには、デジタル化の潜在的なポテンシャルが多くあります。一方で、多くのアフターメンテナンス部門の現状をみますと、一般的にはコストセンターとして捉えられている傾向が多く、「ヒト・カネ」のリソースが投下されにくい部門であり、社内でのプレゼンスがなかなか発揮できていない状況です(医療用画像診断装置や航空機エンジンのアフターメンテナンス部門のように、むしろ「利益の稼ぎ頭」となっている業界ももちろんあります)。リソースが投下されにくいため、人材が流動せず、高齢化・属人化しており、ナレッジ共有や活用がなかなか進まない部門でもあります。また、顧客接点窓口にも関わらず、顧客活用情報の収集から社内共有まで、広く活用できていないというジレンマがまだまだ多くの企業で見受けられます。

一方、リソースが足りないアフターメンテナンス部門であるからこそ、今まで人が時間を掛けていた作業を AI に代替させることによって業務効率化の恩恵を大きく受けられるポテンシャルがあります。また、リソースが投下されにくいからこそ、高齢化に伴うリタイアが進む熟練者のナレッジやスキルの一部を伝承する必要がありますが、AI の導入によって効果的なナレッジ共有・標準化を行うことが可能となります。さらに、製品の稼働データをうまく活用することにより、新たなメンテナンスサポートサービスの開発に繋がるインサイトを得ることができ、今まで以上のタイムリーさで収益向上・コスト削減に繋げられるポテンシャルがあります。

以上まとめると、AI を活用した業務改革、あるいは革新的なメンテナンスサービス商品開発によって、今々は保守メンテナンスビジネスの売上は低く利益も上がっていない企業であっても、ビジネスの仕組みを変えてコストセンターから一気にプロフィットセンターにできる可能性があります。今既にアフターメンテナンス事業をプロフィットセンターにしている企業であれば、その利益率をさらに向上させる、あるいは新たな事業成長のアイデアを短期間に試し、評価することが可能となります。

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また、アフターメンテナンス業務プロセスには AI で解決可能なテーマ(課題)が多く存在しているのも、私達が本ブログ記事を書くに至ったもう一つの理由です。例えば、「保守部品の需要予測」という課題を考えてみると、売上の観点では1つの需要予測ですが、在庫管理、発注業務やメンテナンスライフサイクルの細かい業務プロセスの単位で多くの派生テーマが考えられます。需要予測以外にも、例えば修理受付のコール対応プロセスでは、サービスエンジニアの現地支援が必要かどうかを予測したり、交換が必要な部品はなにかを予測して一発解決率を向上させるなど、自社のサポートの品質向上と差別化を実現できる多くのテーマ(課題)があります。

これらの AI 活用課題が業務実装されて業務プロセスが変わると(例:AI が想定した故障原因に関する情報をお客様にアプリなどで共有してお客様自身で問診を行っていただく)、社内でより効率的なオペレーションを行えるようになり、メンテナンスサービスによる売り上げの増大やコスト抑制が実現できます。また、故障予知や故障要因分析などの課題は、製造現場でも展開可能な事例になるので、バリューチェーン全体での展開も視野に入れられます(図2)。

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AI 活用に向けた第一歩

前章では大きなビジョンを示しましたが、では具体的にアフターメンテナンス部門で AI を効果的に利活用するためには AI 導入をどのように進めれば良いでしょうか?本章ではアフターメンテナンス部門で AI を利用してビジネス成果を実現するためのロードマップ(下図3)と、最初のステップ「Initial Success」での重要ポイントをご紹介します。

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  • Step 1:自部門の KPI に直結するテーマでまず成功する(Initial Success)。アフターメンテナンス部門で AI 活用の実績を作り、社内での注目も獲得する。
  • Step 2:事業部長を巻き込み、他部門と連携したバリューチェーンでの効果創出を実現する。(ここでは、他部門で抱えている課題をアフターメンテナンス部門から発信・改善へ貢献する「Give and Give and Take」の意識が重要)
  • Step 3:ここまで来ると、AI 活用効果が周知されてくるので、今度はまた自部門に戻って、これまでの貢献からリソースを投下してもらい、AI から得られたインサイトを活用した新たなビジネスの創出にチャレンジし、プロフィットセンター化実現を目指す。

特に「スタートダッシュ」が求められる Step 1の Initial Success(初期での成功)をどのように実現するか見ていきましょう。アフターメンテナンス部門のケースでは、以下の3点に留意する必要があります。

  • Point 1:アフターメンテナンス部門の KPI である、「一発解決率、即納率、部品(または代品)在庫回転率・在庫月数」などを因数分解して、対象カテゴリーを細分化した上で AI を適用する。特に、検証や結果報告に複雑な手間のかからないカテゴリーが存在するので、まずはそこから着手する。(なお、DataRobot では、AI プロジェクトのテーマを精査するご支援も提供しています)
  • Point 2:既存の SCM システムや計画システムが不得意としている領域からアプローチする。既存システムをリプレースするのではなく、既存システムが苦手としているところを補完すれば関係者全員が Win-Win になり、かつシステムリプレースと比較して少ないステークホルダー、少ないコストで課題解決できるため承認も得られやすくなる。(DataRobot は接続先システムを選ばないため、既存システムとの連携を簡単に行うことができます)
  • Point 3:アフターメンテナンス業務はドメイン知識が強く求められる領域であるからこそ、外注に任せず、内製化を前提として分析を進めることが重要。内製を一度実施すると、次のテーマでの内製のハードルが大きく下がり、アフターメンテナンス部門内でのデータ活用が順調に広がっていく。(DataRobot はコーディング不要で精度の高い AI モデルを作成できるため、専任のデータサイエンティストがいない部門でも内製化を加速させることができます)

以上3つの留意点を踏まえ、具体的にどのカテゴリー/領域から着手していくことが有効なのかをさらに掘り下げてみます。下図4は、アフターメンテナンス業務プロセスにおける在庫分析の切り口の一部を示しています。我々がアフターメンテナンス部門での需要予測の改善に着手する場合、保守サービス部品の在庫分析視点で分類します。

中でも設置管理医療機器、半導体製造装置、工作機械、建機など大型で高額な製品を扱っているメーカーが即時に効果を創出しやすいカテゴリー候補として「高額な初期在庫配備品/低回転品」が挙げられます。その理由は以下の通りです。

  • Point 1:高額な初期在庫配備品/低回転品は「2,3個の在庫を持つ/持たない」という判断になり、検証が非常に楽である。
  • Point 2:需要頻度や需要数量が多い部品や製品は、既存の SCM システムを用いてすでに需要予測が行われているケースが多い一方で、高額な初期在庫配備品/低回転品は、熟練者の属人的なスキルに依存しているケースが多いため、AI 活用による追加のビジネスインパクトが大きい。(高額な初期在庫配備品/低回転品の多くは、故障すると本体自体が稼働できなくなるコア部品の場合が多く、かつ非常に値段が高く在庫金額にも影響を与えるため、改善された場合のビジネスインパクトが大きいカテゴリになります)
  • Point 3:次の章で解説するような分析を DataRobot で行えるので、内製化が十分に可能な領域であると考えられる。
図4:アフターメンテナンスの在庫分析

それでは、具体的な低回転品需要予測のケースを次章でご紹介します。

事例紹介:低回転品需要予測

低回転品需要予測事例を解説する前に、まずは一般的な需要予測の考え方に触れます。機械学習の基本的な概念は、「過去のデータを使ってモデルを作り、そのモデルを使って未知のデータを予測する」ですが、SCM で実装されるような一般的な需要予測モデルの場合、時系列データからトレンド成分や季節成分、外的要因成分を抽出してモデルを構築していきます。

図5:一般的な需要予測

一方、低回転需要予測の場合、実は上記のモデル構築ロジックは通用しません。というのも「過去のデータを使ってモデルを作り、未知のデータを予測する」流れは変わらないのですが、トレンドや季節性のあるデータではないので、一般的な時系列モデルが通用しなくなるのです。これが低回転品需要予測の1つの問題です。また、発注が少ない・需要が少ないデータを扱うため、比較的長期にわたるデータを活用していく必要があります。この場合、過去と現在のビジネス環境が大きく異なると予測があたりづらくなるのですが、そのあたりのケアも重要になります。

まず、時系列性(トレンドや季節性)がないデータに対するアプローチですが、数値を当てる問題として予測モデルを作るのではなく、「X 年(例えば2年)以内に発注があるかどうか」を予測する問題に設定を変更して、低回転品の需要予測を行っていきます。つまり、少ないデータの中ではなかなか数を予測することが難しいため、「少量の在庫をもつか持たないか」という判断のレベル感であてていきます。このアプローチはシンプルですが、低回転品の予測では powerful に機能します。

しかしながら、そこで問題となるのがデータ量です。1製品に1モデルとするとデータ数が圧倒的に少なくなるため、複数の製品(または部品)を1つのテーブルにまとめて1つのモデルを構築していきます。ここが1つのコツです。

「発注があるかどうか」を予測するモデルを作成するにあたり、モデルに入れる特徴量としては、例えば用途の分類や使用機器、容積、過去の実績などを使用します。DataRobot は、時系列のモデルはもちろんのこと、数値を当てる回帰モデルや今回のように yes/no を分ける分類モデルなど、目的に応じて柔軟にモデルを作成できます。また、それらのモデル作成を no code で行えるので外部委託する必要がなく、自部門内で内製化できることを少ないコストで拡大していくことが可能です。

図6:低回転品の需要予測設計

発注の有無を当てるモデルを用いて予測を行うと「X 年以内に発注が行われる確率」が出力されますが、この確率を元にして閾値を決め、ある閾値より高い製品(または部品)の在庫を持つという形で在庫を決定していきます。閾値が変わるとトータルコストが変化しますが、それを表したのが下図7の右側の図です(閾値が横軸、縦軸がトータルコスト)。

閾値が0%の場合、つまり全ての製品(または部品)を在庫にもつ場合、莫大な在庫コストがかかります。ここから閾値を大きくしていき、ある程度閾値が高い製品だけ在庫に持つように設計すると、在庫コストは減る一方、いくつかの製品(または部品)は在庫切れになるので、在庫切れに伴うコストが発生します。閾値100%の場合は、全く在庫を持たない場合で、頻度高くエア便を使用するコストや、お客様に与える悪影響が大きくなります。両者の間に確かにトータルコストが低くなるポイントがあり、その閾値を見つける形で最適化ポイントを決めていきます。

このようにデータ分析によって導き出した発注確率の高い製品(または部品)から順に在庫を持つことで、人間の感覚で在庫を持つべき製品(または部品)を決める場合と比べてトータルコストを抑制します。

図7:低回転品の需要予測の結果活用イメージ

次に、長期間のデータを扱うことへの対応です。予測のために長期間のデータを使用する場合には、その期間中に起こるビジネスや環境の変化を考慮して、以下のような対応が必要です。

  • モデル構築時に時間に伴い変化しやすい特徴量をなるべく使用しない
  • 予測に使用するデータの変化(ドリフト)を監視する仕組みを構築する
  • 必要に応じてモデルを早く再学習させる仕組みを構築する

ここでは主にデータの監視や再学習の仕組みについて解説します。

機械学習では、一度モデルを構築したらそれで終わりということはなく、作成したモデルをモニタリングし、適宜モデルの再学習を行う必要があります。そのため、ビジネス環境が代わり、過去のモデルが機能しなくなると予測精度が低下しますが、そのタイミングを逃さず検知しモデルを再学習するために、予測精度を監視・管理する体制も併せて構築しなければいけません。特に長期間のデータを使用する場合、ビジネス環境の変化の影響が出やすいので、AI モデルの監視・管理体制がいかに機能するかが AI モデルの有用性に大きく関わってきます。

また、精度が下がる前にその予兆を捉えるテクニックもあります。データドリフトといって、学習の時に使ったデータの分布と予測に使ったデータの分布を比較する方法です。もし、学習の時に使ったデータの分布と予測に使ったデータの分布が変わっていれば将来精度が下がる予兆になり得るので、こうしたデータドリフトを監視すればビジネス環境の変化に早く気づき対応できる可能性があります。なお、DataRobot は、予測精度・データドリフト監視、再学習などを簡単に行えるプラットフォームである MLOps も提供しています。

図8:データドリフトや精度の監視・再学習の仕組み

おわりに

以上、本稿ではアフターメンテナンス業務プロセスに AI を導入する場合の着手のしかたや、実際に低回転保守部品の需要予測に AI モデルを適用する場合のポイントについて解説しました。

ここまでお読みいただければお分かりのように、AI は既存の SCM システムに取って代わるものではありません(DataRobot は他システムと連携するための API を提供しているので、むしろうまく空白ピースを埋めるような形で AI モデルを実装して既存のビジネスプロセスを改善していただけます)。

また、そもそも精緻な在庫計算が不要で、シンプルな発注計画で対応できる部品(代品)・製品に対して無理に需要予測をする必要はありませんし、既存システムで実業務を回せる精度の需要予測ができているものに対して無理に既存の流れを入れ替える必要もありません。

繰り返しになりますが、低回転品など、従来なかなか対応することができなかった領域において先ほどご紹介したような流れを構築していくのが、AI による予測分析で大きなビジネスインパクトを生み出すための鍵となります。

アフターメンテナンス業務プロセスに問題・課題をお持ちの方、アフターメンテナンス部門でデータドリブンな業務改善を推進したいと思われる方は、是非お気軽に弊社までお問い合わせください。この分野の知識・経験豊富なデータサイエンティストや AI サクセスの専門家が、お客様の業務課題を整理し、精緻化するところからご相談に乗らせていただきます。

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執筆者について
鎌田 啓輔(Keisuke Kamata)
鎌田 啓輔(Keisuke Kamata)

データサイエンティスト

主にヘルスケア業界や研究機関のお客様をサポートする DataRobot データサイエンティスト。民間企業の AI 活用支援をはじめ、健診データや日本最大の COVID-19 データベースを用いた解析も研究機関と進めている。前職では主に効果検証を業務としており、機械学習・効果検証を専門としている。

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三島 忠(Tadashi Mishima)
三島 忠(Tadashi Mishima)

DataRobot Japan
AIサクセス リージョナルディレクター

製造業のお客様を中心にERPやSCMシステム導入における業務コンサルティングの経験を積み、特にアフターサービスの在庫適正化:SCMソリューションの業務コンサルティング、プロジェクトマネジメント、導入後のカスタマーサクセスコンサルティング支援業務に長らく従事してきました。その後、BIソリューションベンダーでCSMとしての活動中にDataRobotを紹介され、カスタマーサクセスへの思い共感し2019年4月にDataRobotへ入社。現在、DataRobotのカスタマーサクセスの責任者として、如何にお客様への成功へ貢献するかをチームメンバーとパートナー様と取り組んでいます。

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