データに基づく営業・マーケティング(製薬企業での実践)

2021/05/19
執筆者:
· 推定読書時間 4  分

はじめに

DataRobot でヘルスケア業界のお客様を主に担当しているデータサイエンティストの鎌田です。
新型コロナの影響を受け、医療現場に近い製薬企業の営業活動は2020年以降大きな変化が起こりました。新型コロナ前より、MR の縮小や薬価制度改革、規制の強化、スペシャリティ領域の増加に伴い、人海戦術からデジタルやデータを活用したより効率的、効果的な営業へと移行する流れはありましたが、新型コロナによる医師への訪問規制を受け、その流れは加速しています。本稿ではデータに基づく営業・マーケティングをどのように進めていくのかを AI機械学習以前の考え方も踏まえて説明していきます。

どこから考えるか

マーケティング部でどのようなデータを集める必要があるか」「どのようにデータから営業最適化を進めれば良いか」といった疑問を抱えている方は多いと思いますが、世界的にも有名なマーケティングの教科書である『Data-Driven Marketing[1]』から1つの回答を借りると「まず、マーケティング・ビジネス面で解決しようとしている問題を把握し、その問題を解決するために回答する必要がある質問・疑問を設定する 」ことがデータに基づく営業・マーケティングのスタートポイントです。
当たり前と思われるかもしれませんが、弊社の経験では、データ分析となった途端に「AI でデータから何か見つけられないか」という話になってしまうケースが少なくありません。このように、AI・機械学習の利用自体が目的になってしまうことを避けるためにも、前もって課題整理と状況把握に必要なデータ整理を進めていくことが成功する鍵となります。製薬企業でのある製品(医薬品)の新規処方を例に考えていきます。

まず、新規処方に関する現状を把握するためのデータを収集します。

  • ある製品を処方する可能性のある(対象疾患の患者を診る)医師の人数
  • 現在処方されている医師数と処方数合計・各月の新規処方開始医師数
  • 当初の目標

それに基づき、大きなビジネス課題を設定します。例えば、上記のようなデータをもとに下記のような課題が見えてきたと仮定します。

  • “上市当初は目標通りの新規処方数を獲得できていた。しかし、処方可能性のある医師はまだ十分にいる一方で、上市6ヶ月後から新規処方数が目標に対し20%届いていない。”

その後、見えてきた課題を解決するために必要な質問・疑問を考え、それに答えるために必要なデータ(定性的なデータも含む)をさらに集めていくことになります。

  • 上市当初の新規処方開始医師は、MR がかねてから頻度高く訪問していた医師が中心になっており、その他の医師に対して eDTL やウェビナー、DTL などを通して、十分な情報提供ができていなかったのではないか?
  • 情報提供を行っていたとしても、各施策の反応率が低いのではないか?特にどのチャネルの情報提供の反応率が低いか?

上記のような質問を繰り返して、様々なデータを収集・分析し、集めた情報をもとに現状の課題を認識しながら、予算強化・削減などのアクション、改善に向けたより深い分析テーマを決めていく流れになります。

効果測定の土台作り

ここで、AI・機械学習のテーマを紹介する前に、よく同時にお話に挙がる効果測定について解説します。施策の予算強化・削減について考える際、施策の正味費用対効果がわからず、困っている方は多いと思います。施策の効果測定を行うためには、施策に反応した人を追跡する仕組み、またはコントロールを設けた評価が業界問わず原則必要となります。

例えば、ウェビナーの案内のために分厚い封筒を送っている場合、まずその封筒から参加申し込みがあったかどうかトラックできているようになっているでしょうか。また、封筒を送った医師の参加確率はそうでない医師と比べて高いといえるものになっているでしょうか。もし封筒が開封されることなく医師のデスクに積み上がった資料の一部にしかなっていない場合、やり方を変えたり、その予算を別の施策に回すことが必要とされます。また、封筒の案内からウェビナーに参加する医師がいても、そもそも封筒を送付されなくても e-DTL や MR からの案内でウェビナーに参加される医師(コントロール)が同等数いる場合、その施策の効果はゼロ、むしろ封筒代分マイナスとなります。

厳密に指標をモニタリングし、緻密な施策の検証計画を立てて、はじめて効果を見極めることができ、より効果的な施策に予算を集中することができます。言うは易く行うは難しではありますが、一般的には計画的な検証計画がないまま過去に遡って手持ちのデータを分析し、施策の効果を見極めるアプローチの方がむしろ効果検証が難しくなります。一方、全ての施策の効果を完璧に測定することは非現実的ではありますが、重要な施策や惰性で頻度高く行っている施策については指標をトラックし、効果を測定する計画を立てることで、着実な改善を積んでいくことができます。筆者は DataRobot に入社する以前からクライアントがビジネス実験を計画的に行い、効果検証を行うための支援を行っていますが、計画的な検証計画の枠組みができている企業は一つ一つの施策の効果に対して明確な答えを知っており、さらに分析もシンプルであるため、結果的に正確に早くビジネスを進めることができています。このように、データありきで全てを高度な分析に任せようとするのではなく、精度の高い意思決定を行いやすい計画を最初の段階からできるだけ立てていくことが重要になります。

AI・機械学習テーマ

データ分析に基づいた営業・マーケティングを進めるために基本となる考え方ついて簡単に紹介しました。ここからは、課題を整理した後に営業改善でよく行われる具体的な AI・機械学習テーマを紹介していきます。予測分類、推定を行うことでビジネス課題が改善できるテーマにおいて AI・機械学習が本領を発揮します。

製薬営業における主なデータ分析テーマを図1にまとめました。オレンジの四角がついたテーマが AI・機械学習をよく活用するテーマになり、市場予測から新規処方・処方増・処方中止防止のステージ毎にどのようなテーマがあるかを示しております。以降順に主な AI・機械学習のケースを紹介します。

図1: 製薬営業におけるデータ分析テーマ一覧
図1: 製薬営業におけるデータ分析テーマ一覧

製品需要予測

まず、市場予測の段階で毎月の製品全体の売上目標・ベンチマーク設定に AI・機械学習を活用することができます。基本的には上市してからある程度時間が経っている製品が対象となります。該当製品の過去データだけでも、単純な直近数ヶ月の平均や昨対比よりも AI・機械学習の方が精度は高くなりますが、より精度が高い予測値を得たい場合には、競合製品のデータを購入して予測に使う変数に加えるといったことも行われます。

医師毎の製品対象患者数予測

製品全体の市場予測だけでなく、医師毎の市場予測もテーマとなり得ます。医師毎に製品対象となる患者が何人いるかについての情報は基本的に MR のヒアリングベースになりますが、MR の訪問規制が厳しくなると、そうした情報の取得が困難になってきます。そこで、直近ヒアリングした医師のデータを使用して、医師毎に製品対象となる患者数を予測することが有効になるのです。少しテクニカルな話になりますが、全国約30万人の医師のうち製品対象となる医師の方は基本的に少ないため、0が多い予測問題となってしまいます。そうすると、ほとんど0と予測しておけば精度高いモデルになってしまい、モデルの評価が難しい問題が生じてしまうのですが、難しい問題を避けるためにまずは「製品対象の患者がいるかどうか」といったシンプルな二値に分ける分類問題からはじめ、単純にポテンシャルがある医師を特定するところから進めることがおすすめです。

施策のターゲティング

市場予測の後は、新規処方獲得、処方数の増加、処方中止の防止に向けた施策の改善に注目していきます。各ステップにおいて、eDTL や ウェビナー・説明会、DTL それぞれの改善を進めていくわけですが、eDTL であれば反応率、ウェビナー・説明会であれば参加率などの指標を設定し、それに紐づいたターゲティングや Next Best Action、施策改善に向けた要因分析を行っていきます。

その中でターゲティング、とりわけ MR 訪問の優先順位付けはインパクトが大きく、かつ分析の設計も比較的シンプルであるので、多くの製薬企業が取り組んでおられます。スタートテーマと言っても過言ではないテーマです。具体的には図2のように、処方した医師と処方していない医師のデータを用意し、過去に受けた施策の情報や医師・施設の属性から将来処方するかどうかを予測するモデルを作成することで、医師毎の処方確率をリストアップしていきます。また、上市から時間が経ち、処方増を目指す場合は「処方が増加したかどうか」を予測対象に選び、処方中止の防止が主な施策となっている製品については、「処方を中止したかどうか」を予測対象に選ぶことで同じように分析することができます。

図2: MR訪問優先順位付けに向けた処方確率のターゲティング
図2: MR訪問優先順位付けに向けた処方確率のターゲティング

モデルを作成すればそれで終わりというわけではありません。処方確率に基づいてリストアップしたものを MR に直接渡してもなかなか実行まで結びつかないということは往々にしてあり得ます。例えば、MR と相談しながら、その他の医師への影響度が大きいキーオピニオンリーダーについてはフラグをつけて処方確率に関係なく必ず直近の活動を確認して精査してもらったり、定期的にフォローをしている医師については処方確率に関係なく訪問してもらうなど、どのような運用方法が現場で受け入れられるかまで議論することが必要となります。

また、施策のターゲティングは活用範囲が広く、確率に基づいて自動的にアクションを行えるような施策であれば、マーケティングオートメーションの一部に組み込むことも可能となります。

Next Best Action

医師毎にフォローの仕方を変えたい場合、次にどの Action を行うと最も KPI が向上する可能性が高いかを示す Next Best Action が選択肢の一つとして上がります。医師との過去のやりとりの文脈を読みとって、DTL や eDTL 含めていきなり全ての選択肢から最善の一手を探し出すと検討外れの結果になってしまう可能性があります。そこで、例えば反応されない大量の eDTL を行うことを避けるために(大切な情報が埋もれないように)セグメント毎に次にどのようなeDTLを行うと反応率が最も高くなるかといった問題設定にするなど、的外れな結果が出しにくいような問題設定からはじめてみるのがおすすめです。例えば図3のように、訪問前の医師や訪問した後の医師、ウェビナーにも参加した医師など、関心事項が異なりそうなセグメントを作成し、次にどのチャネルでどのようなコンテンツ・配信方法で action を行うと最も反応率が高いかを予測するような分析を行うと、より妥当なリコメンデーションを行うことができる可能性が高くなります。

図3: Next Best Actionの例
図3: Next Best Actionの例

反応率改善に向けた調査・分析

開封率やアクセス率向上を目指し、メールの件名やメール構成など、どういった要素が反応率を高くするかを特定する要因分析が行われることもあります。また、施策全体の抜本的なメッセージ改善に向け、アンケートなどのデータを使用し、製品や企業を想起する医師はどういった印象を持っているか要因分析されることもあります。

ここで注意するべきは、反応していない医師の情報は集まりづらく、取得されるデータには偏りが生じやすいということです。まだうまくアプローチできていない医師が何を考えているかについてはデータが集まらないという前提で分析を進める必要があります。例えば、反応しない医師の中で「そもそもチャネルが多様化しすぎて情報を取得しづらい。一つにまとめて欲しい」といった意見が多ければ情報提供するチャネルを減らしたり、情報提示方法を抜本的にシンプルにするといった解決策を考える必要があります。反応しない医師のデータは集めにくいですが、得られているデータには偏りがあり、その外に正解がある可能性があるという意識を持って分析を進め、医師の一般的な不満やニーズに対して常に耳を傾けることが重要になります。


上記のような分析を製品毎に行っていきます。そして施策のターゲティングや Next Best Action、反応率改善に向けた要因分析についてはさらに、図1のように新規処方・処方増・処方中止防止それぞれに向けて分析を行いながら、段階的にデータに基づくマーケティング・営業を進めていきます。

使用するデータの注意と準備

最後に、上記のテーマを進める際に使用するデータの注意点やデータ整備の重要性について解説して本稿の結びにしようと思います。

データの性質を理解する

製薬業界では、外部業者から購入できるような施設毎の売上データは存在しても、患者の処方情報は製薬企業の手元に届かないので、医師毎の売上データは MR がヒアリングして手入力した情報源がもとになってしまいます。そうすると、データの更新タイミングがまばらであったり、訪問ができていない場合にはデータの質に疑いが出てきます。データ毎の性質を押さえて分析を進めないと適切な分析の設定ができなかったり、なかなか所望の精度に達しない、結果が想定と一致しないといった現象が起こってしまいます。

そうした問題に対処するために、泥臭いですが、MR の記入頻度の実態を確認したり、MR が記入した内容が施設毎の正しい売上と一致しているかどうかを確認しながら進めることが重要となってきます。

データを整備する

また分析を進めるにあたり、医師のマスタデータや施設毎の売上データ、MR 活動、市場調査データ、eDTL 情報など、ありとあらゆるデータベースからデータを取得する必要があります。データが各部門で管理されていることも珍しくなかったり、(比較的製薬業界のデータは OneID 化されているといえども)多岐にわたるテーブルの結合に時間がかかってしまうため、分析しようと思ってもデータ準備に時間がかかってしまう例を多くみてきました。

そうした問題に対処するために、もともとデータが各部門に散在している企業は各種データにできるだけアクセスしやすくする体制の構築からはじめ、ある程度データが取得しやすい状況の企業では、そこから進んでよく使用するテーブルや変数を自動生成するデータ統合フローを作成することにチャレンジしています。そしてこれはどのステージの企業に対しても言えるのですが、まずは施策のターゲティングなど、クイックに取り掛かりやすいテーマから進め、よく使用するデータを理解しながらデータ統合をアジャイル的に進めていくことが重要となってきます。小さな失敗や成功を積み重ねていくことで、何が必要なのかが実際に見えてくるのです。

最後に

最後に、本稿で考察した項目を箇条書きでまとめてみます。

  • データ分析となった途端に「AI でデータから何か見つけられないか」という話になってしまうケースが少なくない
  • AI・機械学習の利用自体が目的になってしまうことを避けるためにも、前もって課題整理と状況把握に必要なデータ整理を進めていくことが成功する鍵となる
  • 重要な施策や惰性で頻度高く行っている施策については指標をトラックし、効果を測定する計画を立てることが重要。計画的な検証計画がないまま過去に遡って施策の効果を見極める方がむずかしくなる
  • 市場予測から新規処方・処方増・処方中止防止のステージ毎に、AI・機械学習が適用できるテーマを紹介したが、AI・機械学習が得意な領域を見極めながら着実なテーマを段階的に進めることが重要
  • 製薬営業のデータはヒアリングや手入力が情報源となることがあるため、データの性質の理解が必要
  • データ分析に必要なデータ収集や整形に毎回時間がかかるケースが多いため、データの一元管理、よく使用するデータテーブルの統合フロー構築が重要になる

製薬業界に限らず営業の最適化を進めるためには、上記のような内容だけでなく、課題を整理・管理するマーケティング・キャンペーン・マネジメント(MCM)の組織能力や、それらを支えるデータベース・データ管理などのインフラ、上層部の巻き込み、分析能力がある人材の確保・育成などの体制構築も進めていかなければなりませんが、そういった体制構築に向けてのデータ活用イメージを本稿で少しでも掴んでいただけると幸いです。

参考文献

[1] Mark Jeffery (2010), “Data-Driven Marketing: The 15 Metrics Everyone in Marketing Should Know”, Wiley (日本語訳: 佐藤 純 他 (2017)  “データ・ドリブン・マーケティング -最低限知っておくべき15の指標” , ダイヤモンド社)

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執筆者について
鎌田 啓輔(Keisuke Kamata)
鎌田 啓輔(Keisuke Kamata)

データサイエンティスト

主にヘルスケア業界や研究機関のお客様をサポートする DataRobot データサイエンティスト。民間企業の AI 活用支援をはじめ、健診データや日本最大の COVID-19 データベースを用いた解析も研究機関と進めている。前職では主に効果検証を業務としており、機械学習・効果検証を専門としている。

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