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モビリティ分野の課題と機械学習/AI

2021/09/28
執筆者:
· 推定読書時間 4  分

DataRobot でモビリティ分野のお客様を担当しているデータサイエンティストの山本光穂(やまもとみつお)です。本稿では、モビリティ分野の課題及び機械学習AI の関わり合いについてご紹介させていただいた上で、次回記事では DataRobot のユースケースを中心にモビリティ分野での機械学習や AI の適用事例をご紹介します。

1. モビリティ分野の現状と課題

車が発明されて以来、車は大きな進化を遂げてきました。その結果、今や車がない社会が考えられないほどに車は世の中に浸透し、人々の生活の中で大きな役割を担っています。そして車が普及して100年、今モビリティの世界では人工知能 (AI)や IoT などの技術進化に合わせ大きな技術革新が起きています。

課題1: 技術革新への対応

近年モビリティ分野で起きている技術革新は、以下の言葉の頭文字をとって CASE と表現されています。

  • コネクテッド (Connected)
  • 自動運転 (Autonomous/Automated)
  • シェアリング (Shared)
  • 電気自動車 (Electric)

コネクテッド (Connected)とは、5G などの通信ネットワークを介して車両をインターネットに接続し、車両や周辺の道路情報などのデータを通信を通じて収集・分析した上で、そのデータを活用して車載機器向けサービスを提供する仕組みの概念です (図1)。これらの仕組みによって、ドライバーにより大きな安全・安心・快適を提供するサービスを実現できます。(例えば、重傷事故を起こした瞬間にドライバーに代わって緊急車両を手配して救命率を向上させるサービスや、災害発生時に通行可能な道路をナビゲーションすることで迅速な避難を可能とするサービス)

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図1 コネクテッドサービスの特徴と実現可能サービス[1]

(出典: Connected Car 社会の実現に向けて

自動運転  (Autonomous/Automated)とは、ドライバーに代わって車両の制御を行い、目的地への到達を誘う技術です。自動運転には、ドライバーや車両の操作の度合い、自動運転技術の達成度、運転可能な場所などに応じて、レベル0(すべての運転動作をドライバーが制御)からレベル5(すべての運転動作を自動運転システムが制御)までの6つのレベルがあります(表1)。2021年時点では、特定の状況下でレベル3の自動運転が可能な車両が市販されています。自動運転の実現により、ドライバーの運転負荷や交通事故リスクの低減が期待されています。

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シェアリング (Shared)とは、車に関するありとあらゆるものを「シェア」するサービスの総称で、カーシェアリングとライドシェアリングが特に有名です。カーシェアリングとは車を個人一人で所有するのではなく複数人で共同所有する仕組みで、日本国内でも同サービスを展開する事業者が現れています。ライドシェアリングとは、乗用車の相乗りの需要をマッチングさせるソーシャルサービスの総称で、各種 IT システムを利用して、自動車の所有者・​運転者と移動手段として自動車に乗りたいユーザを結びつけます [3]。米国ではライドシェアリングサービスが一般化しており、Uber 社、Lyft 社などが有名です[4],[5]。

電気自動車(Electric)とは、電気をエネルギー源とするモーターで走行する自動車の総称です。ガソリンやディーゼルなどの内燃機関を持たないため、走行時に二酸化炭素や窒素酸化物を排出せず、環境にやさしいと言われています。また、加速性能の良さや騒音の少なさなど、ユーザに快適なドライブ体験を提供できます。一方で、充電に時間がかかる、ガソリンやディーゼルに比べて1回の充電での走行距離が短い、バッテリーの劣化により最大走行距離が数年で短くなる、などの問題があります。テスラ社のような電気自動車専業メーカーだけでなく、既存の自動車メーカーも今後の電気自動車の普及に向けて積極的に製品開発を行っています。

これらの技術やサービスが実現すると、ドライバーは従来の自動車では得られなかった新しい体験ができるようになります。また、これら各分野のイノベーションは、モビリティ業界のみならず社会全体に大きな変化をもたらし、新しいビジネスを作り出すことが期待されています。

CASE の特徴は、従来の自動車メーカーだけでなく GAFA などの大手IT企業や多くのベンチャー企業も参入している点にあります。例えば、コネクテッドの分野では、Apple 社が「CarPlay」を、Google 社は「Android Auto」などの製品をリリースしています[6],[7]。自動運転技術の分野では、Apple 社やGoogle 傘下の Waymo 社が自動運転のアルゴリズムや自動運転車の開発を進めています[8]。つまり、様々な業界から多数のプレイヤーが参入して激しい開発競争が繰り広げられており、その中で存在感を示すためには、ライバルを凌駕する性能・品質を持つ製品を継続的にリリースする必要があります。また、上述の技術やサービスを実現するためには、AI や機械学習、クラウドコンピューティングなどの高度なIT技術を組み合わせる必要があり、各プレイヤーはそれらを使いこなせなければ競争に勝てません。これは特に既存の自動車メーカーにとって大きな課題となっています。

課題2: 車の基本性能の向上

一方で、モビリティ分野の「課題」を俯瞰的な視点で考えると、業界は CASE などの技術革新に関する課題だけに取り組めばよいわけではありません。なぜならユーザ目線でモビリティという存在を考えた場合、

  • 乗員を目的地まで「安心・安全・快適」に移動させる

という車の本質は変わりませんし、

  • 車の「走る・曲がる・止まる」を実現するための基本性能向上

は今まで通りユーザから強く求められるからです。では、車の基本性能向上を実現するためには、どのような手法が取られるのでしょうか。

 車の性能は以下のように大別されます[9]。

  • 快適性能 (振動、騒音、乗り心地、空調、音響)
  • 実用性能 (視界、視認、各部操作性、室内、荷室広さ、乗り降り、ドア、リッド)
  • 安全性能
  • 規制対応 (排気ガス、騒音など)
  • 耐久性能

通常これらの性能は車両の目的、狙い (コンセプト)により重要度づけがなされ、全体最適化が行われます。
そして、車の基本性能を向上させるためには、

  • 車両を構成する、2万5千〜3万とも言われる部品の個々の品質・性能向上を行った上で
  • 全体最適化を通して、各機能の品質・向上を実施する

必要があります。これらの高度な作業をいかに着実に行えるかもモビリティ業界における重要な課題です。

課題3: 車の抱える負の影響の低減

モビリティ分野の課題を考える際には車の負の影響をも考慮する必要があり、その第一は交通事故の問題です。現在、世界では年間約150万人(2020年)の方が交通事故で亡くなっています(図2)。今後、何も対策を講じなければ、自動車の普及に伴い、死亡事故はさらに増加することが予想されます。

その利便性から車は社会にとって必要不可欠なものとなっており、今後も存在し続けることは間違いありませんが、当然ながら負の影響は最小限に抑えなければなりません。このような背景から、モビリティに関わる企業や団体には、交通事故を減らすためのあらゆる努力が求められています。では、具体的にはどのような取り組みが必要なのでしょうか。

図2 Projections of Global Mortality and Burden of Disease from 2002 to 2030 [10]

交通事故は、「人」「車」「道路環境」の3つの要素がさまざまに組み合わさって起こると言われています。具体的には、運転者や歩行者の意識、車の特性や構造、道路の状態、天候や日照条件などの周辺環境が交通事故の原因となります。もちろん、ドライバーが適切な運転をしていても、その他の条件によっては事故が発生することもあります。したがって、事故を起こす要因を3要素と関連づけて分析し、その結果に基づいて適切な対策を講じることが、事故の低減につながるのです。

また、交通事故を防いだり、事故が発生した際に被害を少しでも軽くするための取り組みを大別すると、以下3つの安全概念に集約されるとの考えがあります[11]。

  • 予防安全:そもそも事故を起こさないための対策
  • 衝突時安全:事故が起きた瞬間の被害を軽くする対策
  • 衝突後安全:事故発生後の適切な救急体制の整備

モビリティ業界のプレイヤーはこれら3つの安全を考えて、それぞれに最適な対策を取る必要があります。

表2は上述の事故要因(人、車両、道路環境)と安全概念(予防安全、衝突事安全、衝突後安全)の組み合わせに紐付けた代表的な対策例を示したものです。

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これらの要因や対策を取るにあたり、必要となるのが交通事故に関するデータです。

近年のオープンデータ化の流れを受けて、各国で交通事故に関するデータが公開されています。例えば、日本では警察庁が交通事故統計のオープンデータを公開しています[12]。このデータには、2019年から2020年にかけて日本国内で発生した死傷者が出た事故の各種情報が、緯度・経度とともに掲載されています。地方自治体や損害保険会社では交通事故データの分析に機械学習・AIを用いて事故リスクの高い場所を抽出し、事故の削減に取り組んでいます[13]。

下図3は2019年〜2020年における東京駅周辺の負傷者が伴う交通事故を DataRobot で可視化したものです(バーの高さは各地点での事故件数)が、このように地図上に事故を重畳するだけでもどの場所にリスクがあるかを直感的に理解できます。さらに交通事故に関するデータと自社のモビリティビジネスにおいて取得できるデータを結びつけて交通事故低減化に貢献できる方法を考えていく、というアプローチも有効であると考えられます。

図3 東京駅周辺での負傷者が伴う交通事故状況の可視化(2019年〜2020年)

モビリティ業界の課題総括

上述の課題以外にも、モビリティ業界では、製造ラインにおける製造効率化マーケティング施策の最適化、事務プロセスの効率化など、サプライチェーンの全工程において生産性の向上が求められます。

以上のように、業界の現状や将来を俯瞰した場合、モビリティ分野においては解決すべき多種多様な「課題」が存在し、次のようにまとめられます。これらの課題に対して全方位で取り組む必要がある、というのがモビリティ業界の置かれている現状だと筆者は考えます。

  • 技術革新への対応
    • CASE (コネクテッド、 自動運転、 シェアリング、電気自動車)への対応
  • 車の基本性能の向上
    • 「走る・曲がる・止まる (動的性能)を伸ばす」
      「ドライバーに安心・安全・快適を提供する」を実現するための機能開発
  • 車の抱える負の影響の低減
    • 交通事故、環境負荷低減
  • 生産性の向上
    • 製造ライン、マーケティング、事務プロセスなど、企業の生産活動に関わる各種プロセスの効率化

2. 課題の解決手法としての機械学習/AI(DataRobot を例に)

前章で考察した多種多様な課題を一気に解決するための魔法の杖は当然ながら存在しません。しかし、これまでモビリティ業界は、それぞれの時代に発生した多くの課題を小さな創意工夫の積み重ね(カイゼン:漸進的改善活動)によって解決してきました。今後発生する課題に対しても業界に深く刻み込まれた「カイゼン」の DNA に基づき解決していくことでしょう。カイゼンの取り組みを多種多様な問題解決に活用する流れは今後も変わらないと筆者は考えます。

最近のモビリティ業界の傾向を俯瞰すると、機械学習/AIをカイゼンにおける対策手法(How)の一つとして活用し、従来の手法では実現が難しかった製造・設計プロセスの高速化や品質・性能の向上を図るという考え方が一般的になってきています。一方、モビリティ分野における様々な課題を機械学習/AIで解決するためには、一部のデータサイエンティストや研究者だけでなく、現場で働く人たちを含む誰もが AI を利用しやすい仕組みを構築する必要があります。

DataRobot の AI プラットフォームは、機械学習モデルの構築、展開、管理といったエンドツーエンドのプロセスを自動化することで、実ビジネスにおけるデータサイエンスを民主化し、社内の誰もが機械学習/AIを利用できるようにします。機械学習モデルは継続的に運用されないと価値を生みませんが、DataRobot はモデルが実運用されてからの管理・監視フェーズで生じる様々なタスクを簡単に行える強力な MLOps プラットフォームでもある点が特徴です。

また、DataRobot 社はモビリティ分野の課題解決に適用可能なユースケースを多数有しており (下図4)、これらの経験に基づいて DataRobot を導入した多くのモビリティ業界ユーザ様を支援しています。一部のユースケースは DataRobot PathfinderDataroRobot 業界別ソリューションなどでご紹介していますので、ぜひご覧ください。

図4 DataRobot社のモビリティ分野における機械学習/AI適用事例

3. まとめ

本稿では、まず「モビリティ分野の現状と課題」と題して、モビリティ業界の抱える幅広い課題を紹介しました。その中で、モビリティ業界においては、技術革新への対応、車の基本性能の向上、交通事故などに対応する必要性があること、またそれら課題解決のために機械学習や AI の活用が検討されていることを説明しました。

次回は、DataRobot のユースケースから、カイゼン活動の中で実際にAI/機械学習がどのように使われているかをご紹介したいと思います。

メンバー募集

DataRobot では AI の民主化をさらに加速させ、金融、ヘルスケア、流通、製造業など様々な分野のお客様の課題解決貢献を志すメンバーを募集しています。データサイエンティストからマーケティング、営業まで多くのポジションを募集していますので、興味を持たれた方はご連絡ください。

【参考文献】

[1] 総務省 「Connected Car社会の実現に向けて (2017)」
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban14_02000315.html

[2] 官民 ITS 構想・ロードマップ 2021 これまでの取組と今後の ITS 構想の基本的考え方
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/pdf/20210615/roadmap.pdf

[3] IT用語辞典
https://www.weblio.jp/content/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%89%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0

[4] Uber Technologies, Inc.
https://www.uber.com/jp/en/

[5] Lyft, Inc.
https://www.lyft.com/

[6] Apple CarPlay
https://www.apple.com/jp/ios/carplay/

[7] Android Auto
https://www.android.com/intl/ja_jp/auto/

[8] Waymo LLC.
https://waymo.com/

[9] 大車林: 自動車情報事典
https://car.motor-fan.jp/daisharin

[10] Projections of Global Mortality and Burden of Disease from 2002 to 2030
https://journals.plos.org/plosmedicine/article?id=10.1371/journal.pmed.0030442&utmsource=example.com&utm_medium=link&utm_compaign=article

[11] 自動車工業学会: もっと安全・快適なクルマ社会へ
https://www.jama.or.jp/children/encyclopedia/encyclopedia4.html

[12] 交通事故統計情報のオープンデータ
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/opendata/index_opendata.html

[13] 香川県 AIによる交通事故危険度予測マップ
https://www.pref.kagawa.lg.jp/kurashi/kotu-anzen/ai_kikenndoyosoku/kfvn.html

オンデマンドビデオ
AI Experience Virtual Conference 2021

モビリティ分野の課題と機械学習 / AI: モビリティ業界の課題とともに、機械学習やAI を用いた課題解決事例をご紹介

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執筆者について
山本 光穂(Mitsuo Yamamoto)
山本 光穂(Mitsuo Yamamoto)

データサイエンティスト

約15年車業界において最先端のIT技術を活用した製品プロトタイプ開発やデータ分析業務等に携わった知見を活用して、製造業、特に車関連企業様の課題解決支援に従事。またコミュニティ活動に積極的に取り組んでおり、データ分析コミュニティであるPyData.Tokyoのメインオーガナイザを務める。

得意な技術領域は地理情報空間分析/情報検索/機械学習等
2003 – 2005    :研究者 @ソフトウェアメーカ
2005 – 2018    :研究者 @自動車部品メーカ
2018 – 2021    :データサイエンティスト @損害保険(車分野担当)
2021 –      :データサイエンティスト @ DataRobot, Inc. – 製造業界

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