皆様は「人間が担ってきた高度で複雑な知的作業の大半を AI が代替するようになり、経済や社会に多大なインパクトをもたらす」というシンギュラリティについて聞いたことがあるのではないでしょうか。また一方で、「AI によって重大な意思決定を自動化するのは危険である。重大な意思決定に対しては、従来通り人間にわかるビジネスロジックを反映したルールベースエンジンを採用すべきだ」というブラックボックス問題についても聞いたことがあるかもしれません。これらは必ずしも間違いとも言い切れないですが、2022年現在の AI(人工知能)の実態とは乖離があります。
AI の研究は1950年代から続いていますが、その過程ではブームと冬の時代が交互に訪れてきたとされ、現在は第3次のブームとして脚光を浴びています[1]。一方、第3次 AI ブームも成熟期に差し掛かり、その核となる機械学習の理論や技術をビジネスへ適用する上での、さまざまな障壁も明らかになってきました。以降、説明を簡略化するため、本稿では「ルールベース」「AI」という言葉を以下の定義で使うこととします。
AI 第3次人工知能ブームの主役として実用化が進んだ機械学習手法により、データ解析処理を行った結果を出力するもの
データを活用した意思決定の自動化を実現したい場合、全てをルールに書き落としてシステム化する、あるいは全てを AI に任せきりにする、という両極端な話にはなりません。ルールベースと AI のそれぞれの強みを理解し、適切に棲み分け、組み合わせることが、AI を活用した自動化・高度化を実現する上で重要です。
以前、弊社ブログ記事「Decision Intelligence とは」にて、機械学習による意思決定の自動化について解説しました。本稿では、「AI x ルールベース」をビジネスにおいてどのように使いこなすのが望ましいか、ルールベースと AI それぞれの果たす役割をより具体的に示し、金融・保険業界でのビジネス適用イメージも交えて解説します。
ここからは、前述のルールベースと AI それぞれの強みを踏まえた上での、ビジネス高度化の具体的なイメージをご紹介します。
どれだけ精度の良い AI モデルを作り上げても、ビジネスの現場で実業務を実施する部門・担当者からの理解や共感が得られなければ、AI はただの「無用の長物」となります。 AI 導入や PoC にありがちな失敗として語られることも多いですが、以下のような「AI への期待を裏切られたガッカリ感」により、AI は大して価値のないものだとの思われてしまうケースを私も多く見てきました。
AI よりも従来どおりのルールベースでの意思決定の方が優れている場合があり、ガッカリした
AI により成約率の高い顧客リストが提供されたが、その根拠や訴求方法が提供されないため、どのようなアプローチを取れば良いか分からなかった
AI が全てのビジネスプロセスを最適化してくれると思っていたが、思ったよりも適用範囲が狭く期待はずれだった
こうしたケースで「ガッカリ感」を克服し、ビジネスを成功させるための強力な方法の一つが、「AI x ルールベース」の適材適所な組み合わせ、となります。前述の3点の「ガッカリ感」に対する対応策として、以下の3パターンを取り上げます。
1つ目の問題に対しては、図3 To-Be②のように、既存のルールベースシステムを、人間の判断だけでなく、ルールベースのロジックについても可能な限りAIによって置き換えることにより、今後のメンテナンスコストを下げることができます。ただし、全てを AI モデルに置き換えるのではなく、ルールベースの判断が絶対的な場合には元のルールを活かし、AI での判断が従前と同等かそれ以上の場合には置き換える、というようにモデル検証結果を踏まえて最適な組み合わせ方法を検討することが重要です。先ほどの例(貸し倒れリスクの高い顧客の判定ルール)のように、「支払遅延回数」「自己資金」といった数値項目で閾値(ルールの境界)が経験則に基づいて決定しているルールベースでは、数値項目自体を AI に学習させ判断させる形に置き換えることで、自動化・高度化の両方を同時に実現できます。
図4のような、トークスクリプトをパーソナライズして営業担当者に提示したい場合を例に、具体的にお話しします。「年齢」×「職業」x「年収や資産」×「取引履歴や Web 閲覧履歴」というように、その組み合わせ毎に定義された膨大なパターンのトークスクリプトを準備することを想像する方も、少なくないと思います。(極端ですが、各項目で10パターンだとすると、104=1万通りものトークスクリプトが必要となります。) それぞれの訴求ポイントに1対1対応するトークスクリプトを準備すれば、「年齢」+「職業」+「年収や資産」+「取引履歴や Web 閲覧履歴」のように限られたパターンのトークスクリプトで済みます。また、企画担当者は、それぞれのトークスクリプトを磨くことに十分な労力を割くことが可能になります。(各項目で10パターンだとしても、10×4=40通りだけのトークスクリプトが必要となります。)
顧客ごとにオススメ度や AI 予測理由・主な訴求ポイントを確認するための「ターゲット顧客リスト」と、訴求ポイントごとに準備した「トークスクリプト集」とを組み合わせて用いることで、十分なパーソナライズが可能です。
カスタマージャーニーにおける各タッチポイントでのAI・ルールベースの使い分け
【主な業界】 ALL 【主な部門】 営業企画部・代理店営業部 【主なテーマ】Next Best Action・Next Best Offer
最後に、営業担当者や代理店の営業社員がどのようなアクションを取るべきか、AI を用いたシステムで定義し、自動的にアクションを提案する Next Best Action・Next Best Offerでの「AI x ルールベース」の考え方をご紹介します。
企業内の意思決定プロセスに AI を活用してより良くビジネスを推進するためには、決裁者である上司や、実業務を実施する部門・担当者からの理解や共感を得ることが重要です。 そのための有効な対応策として、本稿では AI とルールベースの棲み分けを明確にし、最適に組み合わせる方法を中心にご紹介しました。また、ルールを実装し、解釈やインサイトを GUI ベースで手早く簡単に得るための DataRobot機能 についても、簡単にご紹介しました。
一般的にはまだ十分に受け入れられていない AI 活用の取組みの成否は、データを使いこなしビジネスを推進する皆様の手腕にかかっています。皆様にとって本稿が、AI を活用してビジネスを円滑に遂行していく上での一助となれば幸いです。
DataRobot データサイエンティストとして、金融・保険業界のお客さまの AI 活用/推進を支援。国内大手損保、外資系コンサルティングファームでの勤務を経て現職。DataRobotをユーザーとして活用した経験があり、その効率性と精度・インサイトを兼ね備えるプロダクトに魅了され、DataRobotに参画。金融・保険業界を中心に複数のデータ分析プロジェクトに従事し、計画からモデル構築・運用まで幅広く、継続的な価値創出に繋げる取組みを推進。